その昔、学校の職員室のタバコの煙はもの凄かったと記憶しています。それが昨今は公共施設等で禁煙や分煙が進んできたのはご存知の通り。身体にこれだけ良くないと言われていますが、それでもまだ一定数の方は喫煙を止められないようです。
厚労省のデータでは、ここ二十数余年で成人の喫煙率の推移は下記の様であります。
タバコが及ぼす悪影響あれこれ
未だに成人男性の3~4人に1人は喫煙者。実はこの喫煙は一般的にいう肺癌だけに止まらず、歯や口の中の歯周組織、そして咽頭部への悪影響は意外と知られていないでしょう。
当たり前ですが、直接的に煙に接する口腔内に悪影響が及んでしまうのは明らか。最近は全身の健康へも悪影響を及ぼしかねないことが明らかにされつつあります。
もっとも最初に及ぶのは、口の中へのダメージ
タバコの煙の中には約4,000種類もの化学物質が含まれているといわれます。その中の約200種類が有害物質で、発がん性物質が約70種類も含まれているそうです。それらの物質は残念ながら口腔内軟組織から直接体内に吸収されてしまいます。恐ろしいことに喫煙は口腔癌や舌癌、喉のガンである咽頭癌を引き起こす原因になるようです。
歯科診療に携わっていると、確かに数年に一度はそういった我々で手に負えない癌症例に遭遇します。
その中でも特に舌下部の「口腔底」と呼ばれる部分は粘膜が薄く様々な化学物質が透過しやすいといわれます。ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、狭心症の発作薬として知られるニトログリセリンは舌下で溶かして即座に効果を発揮致します。それからも舌下が透過しやすいという意味はご理解いただけるでしょう。口腔底癌となれば切除部位を想像しただけで大変な困難になる事が想像できます。(泣)
口腔内は至る所が粘膜に覆われています。あらゆる場所からタバコの有害物質は吸収され、トラブルを引き起こしかねないのです。
考え得る口腔内への悪影響
1. 歯周病を発症・促進させる
ニコチンや一酸化炭素の影響により口腔内にも血行不良や免疫力低下や抵抗力の減退が起こり、歯周病を発症・進行させやすくします。この歯周病は初期段階は痛みを伴わないので気付かれにくいですが、悪化させることは歯科医であれば知らぬ者はいません。
喫煙は歯ぐきを硬化させ出血しにくくし、歯周病特有の症状の出血を隠してしまい、気付いた時には既に重症化…手遅れになっていることが少なくありません。また、傷の治りが悪くなり、歯周病の治療をしてもインプラント等の外科的処置をしても効果が現れにくくなったり成功率の低下を余儀なくされるようです。
歯周病はこちらのページに纏めてありますが、歯が抜けてしまうだけではなく全身に悪影響を及ぼすことが研究により判明してきており、十分な注意が必要でしょう。
2. 歯が汚くなる
タバコのヤニは、歯面に付着するとPMTC等の専用の機器を使ってもなかなか完璧に取ることが難しく歯の表面がとても汚く見えてしまいます。ヤニ(タール)は有害物質を周囲に放出し続けます。
3. 口臭がひどくなる
タバコの独特の臭いに歯周病による排膿臭が加わると、ひどい悪臭が生じます。最悪の口臭を周囲に撒き散らすことになりますが、ご本人は案外 気付かないケースが多いようです。
4. 歯茎が黒くなる
ビタミンCが破壊し、歯ぐきにメラニン色素が沈着しやすくなりどす黒くなります。
5. 粘膜疾患や口腔癌を起こす
前述のように口腔内のあらゆる部分に有害物質が作用し、粘膜疾患や口腔癌を引き起こします。
6. 味覚異常を引き起こす
唾液減少に伴い舌の表面に舌苔(ぜったい)が付着しやすくなり、味が解りにくくなります。
喫煙はむし歯も誘発します。その理由…
喫煙はむし歯に罹りやすくさせてしまいます。喫煙者は非喫煙者と比べて約3倍も虫歯になりやすいといわれます。むし歯は「甘いもの」だけで誘発されるわけではないのです。原因は下記の理由が挙げられます。
1. 唾液量の減少、自浄作用・再石灰化作用の減退
喫煙は唾液量を減少させます。そうなると口の中の細菌を洗い流す自浄作用が弱くなり、必然的にむし歯の原因となる歯垢が溜まりやすくなります。また、唾液には初期虫歯を修復する再石灰化作用がありますが、減少に伴いその効果も期待できなくなるので総じてむし歯が生じやすくなるようです。
2. ざらつく歯面は歯垢が付着しやすい
タバコに含まれるタール(ヤニ)は歯の表面に黒くこびり付きます。当然、粒子ですから表面はザラザラします。その為に歯垢(プラーク)がその表面に付着しやすく、むし歯になりやすいのです。
3. 根面カリエスが生じやすくなる
根面カリエスとは、歯の根っこの表面にできるむし歯のことです。喫煙は歯周病の促進因子なので歯ぐきがどんどん下がり、本来なら歯ぐきに隠れていた歯の根っこが露出してきます。歯の根っこは、普通見えている歯の表面(エナメル質に覆われている部分)と異なり抵抗性が弱いため、通常よりはるかにむし歯になりやすいのです。
ビタミンC欠乏も起こります
タバコを1本吸うだけで1日に必要なビタミンCがすべて破壊するといわれます。喫煙がお肌の大敵といわれる所以でもあります。ビタミンCはお肌に限らず、全身の様々な組織にとって欠かせないものです。
日本歯科医師会がこんな動画を作っておりました。良くまとまってると思います。
喫煙か禁煙か
ほとんどの方がご存知ないですが、喫煙は歯周病にとって治療の妨げ(デメリット)になり、得(メリット)はありません。歯周病の治療にあたっては患者さんには禁煙をお願いします。
禁煙に取り組むにあたっては、医学的に効果が確認された方法や薬剤があります。これらを上手に利用しましょう。その一つにニコチンパッチがあり、1999年5月から医師の処方箋薬として使用できるようになりました。貼り薬で、禁煙を困難にしている離脱症状をニコチンの補充により一時的に軽減し禁煙を容易にします。
喫煙がもたらすマイナスの未来
なかなか禁煙に踏み込めない気持ちは解らなくはないのですが、全身へのダメージはモチロン、口腔領域への悪影響は相当なモノがあります。(泣)
その最たるモノとしての歯周病は、やがて複数本の歯の喪失を促し、となるとブリッジは選択肢から外れ、またインプラントも骨が無くなってしまえば成功率の低い難症例になりかねません。
となると3種類の治療法の中で残された選択肢は入れ歯になってしまうのです。(泣)
この入れ歯が快適なモノであるのなら問題は無いのですが、口腔内に装着してられないほどの厄介さがある代物故に後悔なさる方が続出するという悲しい運命を辿ることにもなりかねません。そうなった際に『喫煙してたんだから仕方がない』と御納得いただければ宜しいのですが、周囲を見渡せば御自身よりも高齢なのに入れ歯とは無縁の達者な御老人がいらしたら・・・・お辛くはなりませんでしょうか?
喫煙環境は子供のむし歯も引き起こす?
喫煙者がいるご家庭のお子さんは、いらっしゃらないご家庭と比較して3歳までにむし歯になる可能性が倍になったという研究報告があります。具体的には喫煙者がいるだけで1.46倍の悪影響があり、更に目の前で遠慮なく吸われる場合は2.14倍にもなるそうです。この研究結果から読み取れるのは、受動喫煙の害でしょうか。
受動喫煙が口腔内に悪影響を与える他の例は、歯ぐきの着色が挙げられます。喫煙者がいるご家庭のお子さんは、子供ですから喫煙しないのにも関わらず歯ぐきにメラニン色素が沈着してドス黒くなってしまうのです。
日々の診療で「歯周病を治したかったら是非禁煙を!」とお話ししていますが、なかなかイメージが湧きにくいようです。「ヤニを取ればいいんでしょ?」程度の方が残念ながら多いように感じます。
タバコの有害物質は知らぬ間に歯周組織を破壊し続けます。禁煙すれば歯や口腔内粘膜の疾患リスクを下げられます。加えて味覚も改善され食事が美味しく感じられるようになるでしょう。大切なご家族の健康を守ることにも繋がります。メリットは計り知れませんので頑張って禁煙に取り組んでみてはいかがでしょうか?
執筆・監修歯科医
医療法人SDC 酒井歯科医院
院長 酒井直樹
1980年 福島県立磐城高等学校卒業
1988年 東北大学歯学部卒業
1993年 酒井歯科医院開院
2020年 医療法人SDC 設立